第5回【手紙】

私に別れたいと言ってから具体的に彼が行動してくることはなく、引っ越しの準備は着々と進んでいた。
私はまだ別れる気はなかったし、むしろどうしたらまた私を女としてみてくれるか、どうしたら今後も結婚生活を続けていけるかを健気に考えていた。

親に相談したらきっと心配させるし、私は親を安心させるためにも幸せな結婚生活を演じ続けていた。

いや、それは理由づけかな。
ホントは、自分が彼に裏切られたと認めることが怖かった。 
「私は彼にとって不要な人間」そう思うのが怖かったし、親にそう思われるのも嫌だった。
自分の『心』を守るために、私は幸せな結婚生活を築き上げようとしていた。
女の影に不安を感じながらも、どこかでまだ、〈そんなことない、きっと大丈夫。〉
そう信じて。

そんな思いをいとも簡単に崩したのは、彼の単身赴任先への引っ越しを終え、新居の片付けや掃除をしていたときのこと。
彼が会社で借りていたマンションは元々広めの2LDKで、そこをそのまま新居にすることにした。

彼が会社に行っている間、私は引っ越しの荷物をほどき、さてどこにしまおうかと部屋のあちこちを探索していた。
先に生活している彼の荷物はあるものの、押し入れやクローゼットも充実していて、収納には困らないな~と和室の押し入れの一番上の棚(天袋っていうのかな)を開けた。

そこには彼が引っ越しで使った布団袋が雑な感じで入っており、その奥には何やらたくさんの紙?のようなものがあるのが見えた。
(ん?なんだろ‥)
その紙に手を伸ばしてみると、それは20~30通ほどの手紙のようだった。

直感的に嫌な緊張感が走ったが、見ない選択肢はなかった。
それらの手紙を引き寄せ、持てるだけ取り出した。

手に取ったそれはやっぱり手紙で、宛名には小さめの可愛い文字で彼の名前が書いてあり、送り主には以前私も会った事のある彼の会社の女の先輩の名前が書いてあった。
まだ事実を知るのが怖かった私は、胸がえぐられる思いだった。

恐る恐る手紙を読むと、毎日の出来事や、彼への思いが2枚程度の便箋いっぱいに書いてあった。
「早く会いたい」
「会えなくてさみしい」
ほぼ全部がそんな内容だった。

当時はまだ今のようなSNS時代ではないものの、すでに携帯でメールも送れるはず。わざわざ手紙を送る理由って何?と思いつつも、この状況を受け入れられず混乱していた私はいてもたってもいられずその場で彼の携帯に電話をかけた。
仕事中の彼だったが、私の問いに少し間を空けながらもこう言った。

「‥‥ああ、その人ストーカーだったんだよね。転勤してきてからもしつこくて」

私は変に慌てず冷静に自分の不安を否定した彼の言葉に、ちょっとほっとした。

(そっか、そうだよね。その可能性はあるよね)

正直なところ、ストーカーからきた手紙をとってある彼の行動も、わざわざ私に証拠を残したいかのような手紙も全てが不可解で、彼の言い訳に無理があったのはわかる。
でも数ヶ月続いたワンオペ育児とこれからの結婚生活への不安で心が疲れ果てていた私は、それを「裏切り」だと認めてしまうともうここに立っていることさえ出来なくなる気がした。

自分が不要な人間だと認めないために、そして生まれてきた大切な我が子を不幸にしないために、私は彼の言葉を信じることで自分の心を守った。

でも実際、このとき自分の心を守ったことが、結果的には私を冷静にさせた気がする。
どんなに周りに誤った判断だと言われても、私のように心の弱い人間の場合、いったんその事実を自分のいいように捉えて一時的に自分の心を守るのって悪いことじゃないんじゃないかと、今も思う。


ちなみに後日談として、理由のわからなかった彼の転勤はこの女との不倫が原因であったことがわかった。
女が周りに自慢したことで不倫が上層部にバレ、結果的に彼の方が田舎の支店に飛ばされたらしい。(どっちもバカ過ぎ)
元々同じ職場で私と仲の良かった女の先輩に、「あのとき会社のトップシークレットになってて、、教えてあげられなくてごめん‥」と謝られた。
会社って、そういうの奥さんには言わないもんなんだね。まぁそりゃそうか。

というか、女の不倫自慢が原因で飛ばされたわけだから、彼が女をストーカー呼ばわりしたかったのもあながち嘘じゃないかもね笑
こないだ彼がうっかり口に出した「女」とはまた別の話だし(どんだけだよ)

おとなの婚活パーティーOTOCON